それは明美の心の中にありました。
明美の心の中には幼いころの小さな怒りがありました。
小さなころに父親に叱られることがありす。
いつも私は悪くないのにお父さんに叱られる思っていました。
今では分かりますが親は子供のために躾をします。
「 寝ている枕元を通ってはいけないとか家の玄関の敷居を踏んではいけない」とか生活上の常識的なことを教えていますが、そういうことが叱られていると思っていたのです。
小さい子供は、枕元を走り回ることが悪いとは思いません、お父さんはいつも私を怒るとしか思っていません。
お父さんは怖い人だと父に何か言われる度に、心の中にたまっていきました。
怖い人、怖い人といつも思っていると思考は現実化します。
小さい子供でも思考は現実化するのです。
父は怖い人になっていきました。
父が怖くて怖くて、怒鳴る人が怖くて人と話をするのも怖くなり
「誰とも話なんかするものか」と思い始めました。
いつしか人と話をしない人になっていき、話をしないので心の中に溜まる一方でした。
小さな怒りの塊が心の中にドンドン溜まっていきます。
このような状況が長く続き、小さな怒りが大きな怒りになっていくのです。
こんな家を早く出たいと結婚すれば幸せになれる思っていました。
その後、結婚をし義両親と同居の生活、
類は友を呼ぶといいますが、明美は表面的には大人しくいい人だと思われていましたが、心の奥には大きな怒りを抱えていました。
あまり人とは話さないので家族以外の人には怒りはないのですが相手は鏡です。
義母は大きな声で話すので父と同じように何かにつけて怒っているように感じました。
つまり、明美の怒りの心が義母に映し出されていたのです。
続く